ラベル 第1回同窓会開催! の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 第1回同窓会開催! の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年9月15日土曜日

第1回 同窓会50周年記念 総会&懇親会

2012年9月8日土曜日、第1回牛田中学校同窓会50周年記念、総会、懇親会がANAクラウンプラザ広島、3階オーキッドにて、同窓会総会は17時より、懇親会は17時20分より行われました。

総勢538名、歴代の校長先生、諸先生方は42名のご参加をいただきました。
当日は14時より、同窓会事務局の皆さんをはじめ、受付や誘導係など各回の卒業生が集まりました。



当日の様子は、同窓生の方(素人さん)にビデオを撮っていただきました。
只今、簡単に映像を編集したDVDを販売しております。1枚1,500円です。
売上げは、全て、これからの同窓会事務局の運営に役立てます。



同窓会に参加された方も、参加出来なかった方も、楽しめる映像です!


恩師の先生方一人一人から頂きましたスピーチや、牛田中学校創立当時のスライドショー、同窓生のスピーチ、歓談の様子など、出来る限り、参加された皆さんを映しています。第1回の同窓会の映像は全部で2時間収録されています!!永久保存版!!
お好きな場面からご覧いただけるよう目次付きです。


DVDは送料込みで1枚1,500円です。
(同窓会当日に申込をされた方のみ、特別価格で1枚1,000円で受付をしました。)



第1回 同窓会DVDをご希望の方は、牛田中同窓会事務局 1回生の岡部さんまで、電話にてご連絡をいただくか、下記のメールアドレスへお問い合わせをください。

【 ↓画像をクリックすると大きくなります 】


同窓会映像をおさめたDVDは、2時間あります。
同窓会当日の準備や受付の様子から
同窓会終了後までの様子をお届けしています。


お気軽にお問い合わせください。





2012年9月8日土曜日

牛田中学校 初代同窓会会長 塚部 保さまより


第1回総会・懇親会にて、初代同窓会会長 塚部 保さまより祝電を頂きましたので、ご紹介します。 

【 祝電 】 
母校、広島市立牛田中学校の創立50周年を迎え、同窓会も新たに新体制を向けた、本日の50周年記念総会・懇親会の開催、おめでとうございます。昨年、4月以来、総会・懇親会開催へ実行委員会を発足、若い皆さんを加えて、学校の先生方の助言も頂き、今後の活動に向けて、新しい時代への一歩を踏み出す機会をすべての同窓会員、1万6千名あまりと共に共有できたことは嬉しいかぎりです。

本日、同窓会会則の改正、新体制を担う新役員の承認をうけて、地域の学校として、母校の発展と同窓会の活動の更なる活発化を記念してお祝いの言葉といたします。


平成24年9月8日 広島市立牛田中学校 初代同窓会会長 塚部 保

第1回同窓会 初代会長挨拶



第1回 同窓会DVDより

『会長挨拶』

同窓会副会長1回生の野間秀彦です。会長の塚部保君が病気療養中のため、私が代わりを務めます。
本日は、牛田中学校創立50周年記念の同窓会です。先生方、同窓会の皆さん、ありがとうございます。
幹事の皆さん、ご苦労様でした。牛田中学校の同窓生は、あらゆる方面で大活躍しています。しかしながら、同窓会はほとんど活動していませんでした。そのため、皆さんには同窓会より何もしてあげることができず申し訳なく思っていました。



牛田中学校が創立50周年を迎え、同窓会を何とかしなければと有志が立ち上がり、毎月幾度も会合を重ね、やっと今日を迎える事ができました。とにかく同窓会の基礎を作って次の新しい役員に引き継いでもらいたい。その一心でやってきました。先ほど、有志と申しましたが、彼らはほんとうによくやってくれました。もし彼らの一人でも居なかったら今日の日は無かったはずです。紹介します。岡部文昭さん、吉田正裕さん、湯谷健さん、受付の岡崎弘恵さん、幸田美樹子さん、ありがとうございました。それと学年幹事の皆さん、ありがとうございました。
無理矢理引き受けていただいた方もおられるでしょうが、引き続きお願いします。

日本大震災より絆ということがよく言われるようになりました。クラスメイトとの絆、これらは皆さんの財産です。宝物です。クラス会、同期会を一度も開いた事がない年度があると聞きます。今日のこの同窓会を機会に、どうか絆の輪を大きく大きく広げてください。
同じ校舎で学び、同じ校庭を走り回り、同じ景色を見、同じ空気を吸い、同じ時間を共有し、初恋もしたでしょう。そんな同窓生がここに、こんなに大勢集まってくれました。
今日は、牛田中学校の少年少女に戻りましょう。みんな、ありがとう!

第1回同窓会 総会



第1回同窓会DVDより
『会務報告 会計監査報告 会則改正説明』事務局長 吉田正裕




会則改正について、事務局長 吉田正裕さんより説明をいただきました。
この総会は、
①活動する組織にすること
②次世代に引き継ぐ為に役員の改正をすること
③会則の改正をするために開催されました。

このたびの会則改正は、
①言い回しを分かりやすくすること 
②機能していない組織の再編及び名称の変更(庶務→事務局、理事長代理→学年幹事)
③役員の選出について母校の協力を得ること(事務局長→母校教頭、特別顧問→母校校長)
また、会員については、途中転校生も希望者は会員とすること、特別会員について、
事業としてはホームページの運用管理、付則としては、本会の目的にそわない政治的、宗教的、個人の営利目的とした活動は持ち込まないことなど、会則の中身の変更や追加をしました。

承認進行 湯谷 健 会計報告について質問を承り、承認を参加者の方の拍手で頂きました。

第1回同窓会 牛田中『新役員紹介』

第1回同窓会DVDより
5年後の同窓会 総会 懇親会に向けて 『新役員紹介』


本日は沢山の方々が集まりました。
こうして初めての同窓会が開かれる訳ですけれども、これから新役員のご紹介をさせていただきます。これまで、1回生の皆様が大変、労力されて、ご尽力されまして、このような形ができあがりました。同窓会副会長、1回生の野間秀彦さんから、新役員の紹介をしていただきました。



会長 泉田浄明さん(6回生)、副会長 山田茂生さん(6回生)、副会長 品川廣さん(6回生)、会計 平岡克己さん(6回生)、会計 大世戸小夜子さん(6回生)、事務局長 垣内伸夫先生(母校教頭)、事務局次長 田原龍己さん(6回生)です。
新役員は、会場の皆様の拍手を持って承認されました。
新役員の皆様、どうぞこれからよろしくお願いいたします!


新役員を代表して、新会長になられました6回生 泉田 浄明さんよりご挨拶をいただきました。



同窓会 新会長挨拶 
第2代同窓会会長 6回生 泉田 浄明

「先ほど会長にご承認いただきました「イズタ」と申します。こちらは、新役員メンバーで、全員、私と同じ6回生でございます。この他に、後輩の事務局員がございまして、私たちと一緒に会務を執っていただくことになっております。

次期総会は5年後で、5年後には次の世代にバトンタッチいたします。この5年間で、1回生の方々が築かれた同窓会の輪を広げ、母校牛田中学校の支援に全力を尽くしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

第1回同窓会 『会員名簿CD贈呈』



第1回同窓会DVDより 『牛田市立牛田中学校同窓会 会員名簿CD贈呈』

ここで、会員名簿の贈呈です。実はこのたび、改めて同窓会会員名簿をデータ化しました。前校長の湯浅 克廣先生から、校長の美越 克己先生に贈られました。


湯浅前校長先生より
それでは、皆様の会員名簿が入ったCD、実行委員会で作られた名簿を学校に備えて頂く為に、用意しております。目録を読み上げていただきました。牛田中学校卒業生名簿、1回生から50回生まで、CDロム5枚です。




第1回同窓会『実行委員長挨拶』

第1回同窓会DVDより 

『実行委員長挨拶』

皆さん、広島市立牛田中学校初めての同窓会にようこそおいでくださいました。
この同窓会開催実行委員長を務めさせて頂きました1回生の岡部文昭です。



まず、こんなに多くの同窓生・恩師の先生方に参加して頂いて開催できる事、
どの様に感謝の言葉を、皆さんに述べて良いのか分からない位の感激に浸っています。
実行委員会を代表して皆さんに熱く熱く御礼申し上げます。

今回、初の同窓会の切欠は、一昨年秋に1回生が3回目の同期会をしたとき、前同窓会会長の塚部保くんが、もうすぐ牛田中学校が50周年を迎えるんじゃが、本格的な同窓会をやろうや~と言う一言から始まりました。

1回生のクラス幹事が集まり下準備をして、去年の3月先ず準備委員会を立ち上げ、その時は1・2・3・6・9回生が集まり初顔合わせの会合を居酒屋さんでやりました。

それから、何回も牛田中学校を訪れ、湯浅前校長先生、垣内教頭先生と面会し、
学校側の全面的な協力の約束を頂き、そして7月の牛田ほおずき祭に同窓会のブースを出展し、同窓会開催案内が出来た事で委員会活動に弾みがつきました。



そして去年11月、準備委員会から正式な実行委員会を立ち上げ牛田中学校図書室で
11の回期39名の参加者で本格的な活動に入りました。

それから延べ8回の委員会を開き、当初は3~400名集まるかの~というスタートだったんですが、各実行委員の皆さんの献身的な活動のお陰で、この様な定員オーバー状態の開催に成りました。

この様な予定以上の参加を頂きましたので、受付体制そして出てきます料理等に粗相が有るかもしれませんが目をつむってやってください。よろしく!

最後に、この実行委員会メンバー同窓生だけじゃなく、2人の恩師先生が老体に鞭打って最初から殆どの会合に参加して頂いてます。何時も良いアドバイス、そして昔の資料を提供して頂き、どれだけ心強かった事か。その両先生を紹介いたします。升田猛先生、松原明ニ先生です。ありがとうございました。
それでは、皆さん、昔の思い出話に花を咲かせて楽しい時をお過ごしください。

第1回同窓会 『牛田中学校 近状報告』

第1回同窓会DVDより『牛田中学校 近状報告 美越 克己校長先生』


今年の4月に牛田中学校に校長先生として就任された 美越校長先生です。 
牛田中学校には、緑が深く25回生が入学された年から11年間在職され、教鞭をとられていました。
スピーチの中で、 美越校長先生より、実行委員の2年間に及ぶ開催準備のお礼と牛田中学校の現状報告をいただきました。

牛田中学校はホームページがあり(http://www.ushita-j.edu.city.hiroshima.jp/)毎月の学校だよりや、行事予定、校長日記など楽しい内容も盛りだくさんあります。牛田中学校で検索をされるとホームページが出てきます。

牛田中の卒業生は50回で、16,292名、現在の在籍生徒は19クラスあり608名!今、校舎は、大規模改正中で、終われば、冷暖房完備になるそうです。 

牛田中の学力は全国平均を上回っており、体については男子バトミントンが全国3位!美越校長先生は、牛田中学校ブランドに誇りを持っておられ、知・力・体のバランスのとれた生徒育成と、道徳教育、この50年の文化を継承し、学んで良かったと思うような日本一の学校を目指しておられます。


第1回同窓会『感謝状贈呈』



第1回同窓会DVDより 『牛田中学校同窓会 感謝状贈呈』

ここで、同窓会の新会長から、これまでの会長、副会長へ感謝状をお贈りします。
新会長 泉田 浄明さんから、旧会長 1回生の塚部 保さんの代理 吉田 正裕さん、旧副会長 野間 秀彦さんに贈られます。



感謝状内容
あなたは昭和38年同窓会が発足以来初代会長、副会長として半世紀の長きに亘り会の運営発展に尽力し多大の貢献をされました。創立五十周年記念大会に当たりそのご苦労に対し深甚なる感謝の意を表します。平成二十四年九月八日 広島市立牛田中学校同窓会会長 泉田浄明 泉田新会長が感謝状を読み上げ、贈呈されました。



第1回同窓会『乾杯準備中』



第1回同窓会DVDより『乾杯準備中』




乾杯の準備中にご案内を申し上げます。今日は後ほど、同窓会の懐かしい牛田中学校の映像などをご覧いただくことになっております。大変貴重な写真をいただきました。お楽しみください。

★また、本日の同窓会の様子をDVDにて販売をいたします。
牛田中同窓会ホームページ(こちら)からご購入いただけます。送料込みで1枚1,500円です。
このDVDの売上げは全て、これからの同窓会運営の為に使われます。どうぞ、みなさんご購入ください。

★本日司会の、25回生牛田中卒業生、桑原おりさんは、RCCラジオ、平成ラヂオバラエティ「ごぜん様さま」を毎週月曜日、午前9時からカープの元エース、安仁屋宗八惨と一緒に放送をされておられます。
皆さん、毎週月曜日の朝はRCC、平成ラヂオバラエティ「ごぜん様さま」を聞いてくださいね。


第1回同窓会『乾杯のご発声』

第1回同窓会DVDより『乾杯のご発声』 前校長の湯浅 克廣先生





先ほどもありましたように、準備委員会、実行委員会、それを経て今日の会ができあがっております。
その御労苦に感謝しますとともに、今日の会、1回生から45回生が集まっております。
その回生の垣根をとっぱらって、大いに楽しみたい。
また、恩師の方々も沢山お集りくださっておられますので、いろんな話をして盛り上げていただくことを祈念し、また、御参会の皆さんが、牛田中学校の同窓生である!その誇りを胸に、様々な世界でご活躍をいただくことと、末永く御健康であられることを祈念し、乾杯したいと思います。
牛田中学校の校舎まで、この乾杯の声が届きます様に、大きな声でご唱和ください。
乾杯!

第1回同窓会『歓談の様子』祝電披露



第1回同窓会DVDより『歓談の様子』

歓談中の映像を流しています。映像と共に先生方から頂きました祝電やメッセージを入れて紹介しています。


〜 夢を 希望を 文化の華を~
平成24年10月26日(金)午前9時よりALSOKホールにて、 広島市立牛田中学校合唱祭及び50周年記念式典が行われます。参観は無料です。皆さん、どうぞお気軽にお越しください。




動画メッセージ
吉岡幹夫先生です。平成23年まで8年間、牛田中学校で音楽の先生をされておられました。牛田南の音楽会でお会いすることができました!コメントをいただきましたので、ご紹介します。


諸先生方より祝電を頂きました!

【 祝電 】 1回生~12回生迄、家庭科の授業を持たれた 茨木道子先生より 
残暑お見舞い申し上げます。皆様、お元気でお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
牛田中学校へは息子、孫二人がお世話になりました。
牛田中学校、始めの頃は女子46人位を24時間もって1年生から3年生迄、
その都度内容が違うので大変でしたが、皆様がよくして下さったのと、
生徒が非常に明るく、よく勉強をして下さったので、いつも市の成績は1~2番でした。
第1回同窓会が出来るのは升田先生と松原先生のご協力と、第1回生の方々が日数をかけて頑張られたお陰です。
決して忘れません。本当に良かったです。おめでとうございます。
会の御繁栄と皆様の御多幸、御健康を心からお祈り致します。現在、体調を悪くしておりますので欠席させていただきます。本当に申し訳なく思います。皆様の笑顔が目にみえるようです。かしこ 




 

【 祝電 】  大崎 正己先生より 
昭和36年4月初旬、幟町中牛田分教場が開校した初日の宿直を地元に済む私が命じられました。
市から給与されたビニール袋入れの新しいフトンを出して周りは山ばかりの宿直室で過ごした一夜は今でも忘れられません。



【 祝電 】  峠本 辰先生より 
50周年おめでとうございます。私は9年前に脳梗塞になり足に後遺症が残り療養を続けて居ります。
若い頃牛田中学校に赴任し、皆様の輝く笑顔に励まされ人生の一ページを心に刻むことができました。
ありがと。皆様のご健勝をお祈り致します。



【 祝電 】  牧野サヨ子先生より 
祝 牛田中学校50周年、幟町中から分かれた頃の牛田中を知っているので、感激無量です。
牛田中を最後退職して28年目、現在の教育状況に驚くこと多々です。



【 祝電 】  大片 美保子(荒井)先生より 
私にとって初任の地。とても懐かしく、大切な場所です。
牛田中学校同窓会がますます発展すること、皆様のご活躍とご健康をお祈りしております。



第1回同窓会DVDでも紹介をさせていただきました。ありがとうございました!






第1回同窓会『 歴代の校長先生代表のお話』

第1回同窓会DVDより『 歴代の校長先生代表のお話』



ここで本日お越しの歴代の校長先生をご紹介します。7代 杉田 悦至校長先生、11代 濱田 昭法校長先生、12代 大須賀 隆子校長先生、13代 湯浅 克廣校長先生です。
お越しいただきまして、ありがとうございました!
校長先生を代表して、7代杉田 悦至校長先生にご挨拶を頂きました。




本日は牛田中学校の50周年記念総会、まことにおめでとうございます。
おこがましい限りですが、年ということで、ひとこと挨拶を申し上げます。
世話人になっておられます升旧たけし校長先生、松原明ニ大学教授には親しくさせていただいている仲間です。
牛田中学校の現在の校長、美越校長先生と垣内校長先生は私が第7代校長であった頃の同僚であります。
今、この壇上にあがっておられる、浜田校長先生、大須賀校長先生、湯浅校長先生、美越校長先生、その他、他の学校で校長先生になられた方々、今なお現職で頑張っておられる方々、みんな優秀な先生ばかりでした。


さて、あなた達皆さんは、男子は5つボタンのつめ襟で、帽子をかぶり、上司は大きなえりの上衣であったと思います。
今日は、男子のキ章と女子の胸章についてお話をします。キ章も胸章もさくらの5つの花びらで飾られ、中に中の字があしらわれていたと思います。
地球上のどの國にも、国旗と国歌があるように、日本のどの学校にも校旗があり、校歌があります。
もちろん、牛田中学校にも校旗があり、校歌があります。
校旗は、皆さんのキ章、胸章と同じ、桜のはなびらと中の字が書かれています。
私は、校旗、キ章、胸章を想い描く度に、「しきしまの大和心を人間わば、旭ににおう山桜花」という歌をイメージとして持ちます。東山がいいという、有名な日本画家がいますが、その随筆に、「朝日ににおう山桜花」のにおいに書いたものがありますが、そのにほいについては、またの機会にゆずるとして、
あなた達皆さんは、胸章、キ章に青春が詰まっていることに誇りを持ち生きてゆきなさい。
短い時間をということで私の話は終わります。
本日は、まことにおめでとうございます。

第1回同窓会『牛田中学校 創立当時の思い出』

第1回同窓会DVDより 『スライドショー 牛田中学校 創立当時の思い出』

説明 升田先生、操作 高橋さん


つづいて、牛田中学校の歴史を映像で振り返ってみましょう。これは、牛田中学校開校当時、教鞭をとられていた、升田 猛先生が大切にお持ちになっている資料を1回生の高橋 幸男さんが今日のために編集したものです。編集された高橋さんが牛田中への思いを「カラタチ」と題した文章にしてくださいました。



「カラタチ」

あの頃は 何もわからず ただただ若かった

重い鞄を手に持って カラタチの鋭い棘のある長い生垣の傍を通った
そのちょっと先の 急な坂道を登った処に学校があった

春 季節は巡り桜の花が彼方此方で仄かにけむった
やがて初夏 カラタチが白く甘く咲き匂った

夏 季節は到来し入道雲がむくむくと沸き立ち昇っていった
やがて晩夏 カラタチにナミアゲハが飛来し産卵していった

秋 季節は再来し鎮守の森からお囃子が鳴り響きわたった

やがて晩秋 カラタチに黄色く丸い実が鈴生りになった

冬 季節は去来し北風寒く栴檀の実にムクドリが群れ集った

やがて晩冬 カラタチの鋭い棘が力強くフォルムを飾った

あの頃は 何もわからず ただただ若かった

重い鞄を手に持って カラタチの鋭い棘のある長い生垣の傍を通った
そのちょっと先の急な坂道を登った処に学校があった

半世紀が過ぎ去った カラタチの鋭い棘のある長い生垣は 今はない

半世紀が過ぎ去った カラタチの鋭い棘のある長い生垣はもう見られない

2012年7月24作 高橋 幸男


『創立当時の思い出』

牛田中学校が誕生するまで、長い道のりがありました。
用地を確保するまでのことは、時間の関係で割愛します。


戦後の教育制度改革、即ち、昭和22年の6、3、3制実施で、広島市は、どこに、中学校を設置するか協議された際、牛田の神田山が候補に上がりました。広島は、原爆で、市内の殆どの学校が、焼失、倒壊し、これを再建、復興するのに、莫大な経費を要するため、新制中学校は、最小限の7校、即ち、段原、観音、翠町、宇品、幟町、江波、庚午と決まり、牛田地区は、幟町中学校へ通学することとなり、牛田神田山の案は見送られました。

昭和28年頃、幟町中学校は生徒数が2、000名近くになり、牛田中学校新設の話が特上り、現地調査、建築の計画も立てられましたが、市財政の関係で、実施をみませんでした。昭和34年、第一次ベビーブームで、やがて幟町中学校は3,000名となり、マンモス校に成る為、牛田中学校新設が、市議会で認められ、予算化されて、やっと実現する運びとなりました。


昭和34年、予算が通過するや、早速設計段階で出来たのが、この完成予想図です。
昭和38年9月にはプールを除いては大体この通り完成しました。
当時他校は、プレハブや応急対策校舎が多かったのに比べ、大変デラックスで豪華な鉄筋コンクリート4階建でした。


昭和35年4月28日から校地造成が開始され、陸上自衛隊中部方面隊、第101建設大隊約50名が戸坂小学校体育館に駐屯、宿泊し、大型建設機械を駆使して3ヶ月後の7月22日には校地が施工しました。
当時周囲には民家は殆どなく、日通時と周囲の墓地だけでした。左側に見えるのがユースホステルです。
はるか前方に見えるのが、日通寺、太田川です。


校地造成記念に、自衛隊は工事中に山から出た石材を使って施工記念碑を建てました。
今も校門を入って左側にあります。校門右側の山の斜面を利した築庭も、校地から出た石材を利用したものです。


校地が出来ると、直ちに第1期工事に着手し、翌昭和36年4月には工事が完了しましたが、
第2、3期工事未完の為、1年間は幟町中学校、牛田分教場として、
牛田、戸坂地区の1、2年生を収容することとなりました。


幟町中学校から、牛田分教場勤務を命じられた8名の教職員は、幟町中学校から分教場へ、机、椅子、その他備品類を1年生入学式に間に合うよう、運搬作業に従事しました。


昭和36年4月7日、牛田、戸坂地区の1年生321名が入学し、1期工事の完成した新校舎に入りました。
この写真は、1年生の入学式です。建設資材が積み上げられた中での入学式でした。


これは分教場時代の職員写真です。校長は、幟町中学校長の田中元逸氏兼務、分教場主任には県教委の吉野時弘氏が発令され、総勢19名でした。


第1期工事が完了するや直ちに、昭和36年4月第2期工事の起工式、地鎮祭があり、工事が始まりました。


第2期工事中の運動場で、建築資材が積み上げられたそばで1年生が体育の授業をしていると、付近の山から運動場に野兎が出たので、皆が授業を止めて、兎を追っかけた事もありました。「ふるさと」という歌に、兎追いしかの山という歌詞がありますが、まさにその歌ずばりでした。


昭和36年11月第2期工事が完了し、それまで幟町中学校で待機していた2年生が分教場に移転してきました。4月から授業していた1年生との対面式が運動場で行われました。


1、2年生が合流したので12月2日、運動場で第1回の大運動会が開催されました。昭和37年からは、観音町の県総合グランドに会場を移し、体育記録会型式の体育大会が実施されました。


昭和37年4月、新しく牛田中学校として独立し、新1年生が入学し、1年生316名、2年生321名、3年生317名合計954名の新牛田中学校が誕生したわけです。開校式は、4月21日、校旗の入魂式と同時に挙行されました。


初代校長には前幟町中学校長田中元逸氏が着任されました。
これは昭和47年の職員写真です。総勢38名でした。


昭和37年4月第4期工事として着工された体育館は、11月完成し、落成式には元文部省大臣瀬尾弘吉氏、元広島藩主浅野家14代当主浅野長武氏が(国立博物館館長)来賓として臨席され、浅野氏がこの体育館に「思道館」と銘名されました。
プールは昭和38年9月に完成し、観覧席のついた立派なものでした。


昭和39年11月11日、当初計画された校舎、体育館、プール、運動場が完成したので、校舎落成記念文化祭が3日間に亘り開催され、PTAをはじめ、多くの参観者がありました。書道、美術、演劇、その他各教科の展示、発表は好評でした。


昭和40年4月、第2代校長浦池玄三郎校長が就任されました。
これは昭和40年度の職員写真です。


昭和40年6月、当時の文部大臣、中村梅吉氏、外文部省の係官が、本校を視察されました。この写真は、体育館のロビーからプールの説明を聞いておられるところです。
現職の文部大臣が直接学校を視察される例はあまりありませんでした。体育館で全校生徒にも声をかけて頂きました。


これは、現在の牛田中学校正面写真です。


この写真は、運動場側からみた体育館、校舎です。現在のプールは左側山手側にあります。


以上でスライドの説明を終わりますが、昭和47年には、戸坂中学校が分離独立し、平成7年には、牛田早稲田中学校が分離独立し、現在の通学範囲は、創立当初に比べ狭くなり、自転車通学もなくなりました。

また、学校の北側には、商業高校が、南側には牛田新町小学校、教育センター、研修センター、老人ホーム、神田山荘と多くの施設も出来、また、周囲も宅地開発され、当時と比べ今昔の感があります。現在牛田中は608名、19学級です。

過去50年間、牛田中学校の伝統と誇り高き歴史の中で育くまれた16,200名の卒業生は今や各界で活躍しています。今後、益々の充実、発展することを祈念いたします。

最後に、創立に当たり、多大の貢献をされた、初代PTA会長任都栗氏、元文部大臣瀬尾弘吉氏、元広島藩主14代当主浅野長武氏の功績を忘れることはできません。

追加説明:牛田中学校と旧広島藩士浅野家とのつながり(絆)
①牛田中学校の敷地は、元浅野家の所有地であったが、昭和19年に広島市に寄付されたものである。(63,886坪)

②昭和36、37年当時、新山墓所(学校の下にある森)は、歴代藩主12人の中、10人の墓、その他家族38人の墓があります。この墓所の清掃に生徒が奉仕しました。

③毎年8月に浅野長武氏が東京から墓参に来広されました。その時の休憩所として、牛田中の校長室をしようされていました。150年前、当時、広島藩の家老、重臣の末えいがここに集り、懇談されました。